土用の丑の日になぜウナギを食べるの?

太田蜀山人と春木屋善兵衛

土用の丑の日にウナギを食べるようになった由来には、平賀源内説以外にも様々な説があります。その中のひとつに太田蜀山人説というものがありますが、この説はかなり有力であるとも云われています。

 

この説は天保10年に書かれた『天保佳話』という書物の中に載っている話からきているものです。この中では、平賀源内の時と同じように、やはりウナギ屋に相談を持ちかけられた太田蜀山人が、丑の日にウナギを食べると薬になるという内容の狂歌をその店のキャッチコピーとして考え出したという話が載せられています。

 

太田蜀山人とは大田南畝の別名であり、彼は天明期を代表する文人であり、また狂歌師でもありました。漢詩文や洒落本、狂詩、狂歌などをよく作り、膨大な量の随筆を残しています。その本業は役人であり、勘定所幕吏として支配勘定にまで上り詰めた人でもあります。

 

続いての説は、春木屋善兵衛説というものです。文政年間の夏、神田のウナギ屋である春木屋善兵衛は、大名の藤堂家から大量の蒲焼の注文を受けることになります。そこで彼は土用の子の日、丑の日、寅の日の三日間にわたってウナギを焼き、それぞれを床下に貯えておいたところ、一週間後にそれらを出してみると、丑の日に焼いたウナギだけが悪くなっていなかったのです。そこで丑の日の蒲焼が最も良いものとして殿様に届け、それを店の看板にしたということです。

 


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